発起人からのメッセージ

私が大学を卒業し、味の素(株)に入社したときは、かつお節やだしについて全くの無知で「ほんだし®」の名前も知らなかった。入社後、そんな私が、得意先の食品メーカーにかつお節などのだし調味料を販売する営業の仕事に就くことになり、毎日、営業車で数時間かけて地方に出かけて1日に数社のメーカーを回る日々を送ることになった。正直「地味な仕事だな。つまらないな。大学を卒業したのになんでこんなこと。」そう思っていた。そんなとき、会社帰りに当時大学で同じ部活に入っていた友人と飲みにいくことになった。大手電機メーカーに就職したある友人が「今度、フランス出張で、自社製品のプレゼンをする」と自信たっぷりに話していた。そのとき、「俺ってダサいな。こんなはずじゃなかったな。」と自分が小さく惨めに感じた。以来、友人に誘われても、自分のことを知られたくなくて、足が遠のいた。そんな生活を送っていたある日、焼津にあるかつお節の生産所を訪問する機会を得た。その日は、真冬で、作業着に着替えるのもおっくうになるほどの寒い日だった。

しかし、気が進まなかった気持ちは、工場に一歩、足を踏み入れた瞬間から吹き飛んだ。目の前で、次々に冷凍かつおが運ばれてくる。かつおの頭や内臓を切り落とし、身の部分だけを熱湯にくぐらせる。生っぽい湯気のなかで、手際よくかつおをさばいていく。従業員ひとりひとりが真剣にかつおと向き合う緊張惑が漂っている。手際よく煮たかつおを並べ、真っ黒の煤(すす)が印象的な焙乾庫に職人が入り、薪に火をともす。静寂のなかにパチパチと音が立ち、うちわで風を送りながら火を大きく育てていく。ピーンとはりつめるような空気。神社の参拝で願いをかけるときのような心静かな空気。ここは神聖な場所だ。かつおに新たな命が吹き込まれ、生まれ変わるための聖なる儀式。その瞬間が目の前でおこるどきどきを感じる。新しい命が宿る瞬間だ。思わず、心の中で手をあわせた。何万キロも離れた遠い海を泳いでいたかつおが、何人もの手から手へ、大事に大事に何カ月もかけてかつお節になっていく、その道のりに人の想いを感じて心が震える。「自分は、こんなにも素晴らしい世界の仕事に関わっていたのか。」、自分が恥ずかしい気持ちになった。同時に、こんなにも素晴らしいかつお節の世界を一人でも多くの人に知ってもらいたいと思った。自分が目で見て、手で触って、感じたことを、借り物の言葉ではなく、自分の言葉で伝えたいと思った。それ以来、得意先との向き合い方が変わり、自分の仕事が楽しくなった。

ある日、仕事おわりにかつお節職人と居酒屋で日本酒を飲みながら、他愛もない話をしていた。そのとき御猪口を差し出す職人の指先が煤(すす)で黒ずんでいた。「ドラマみたいだな。この人かっこいいな。」そう思った。私はかつお節の世界がどんどん好きになった。かつお節に関わる人は、皆、目を輝かせながら、かつお節への愛を私に語ってくれる。私は、かつお節を好きな人に悪い人はいないと思っている。きっと、かつお節とはそういう何かをもっているのではないかと思う。私はかつお節とかつお節に関わる人が好きだ。だから、この素晴らしいかつお節やだしの文化が将来に、未来にいつまでも続いていって欲しいと思う。しかし、いまの日本人はこの素晴らしい世界を知っている人は少ないのではないか。かつての私と同じように、知る機会がないからではないか。日本にはこんなに素晴らしい文化があるのに。これはきっとメーカーの責任なんだと思った。あるとき何気なくテレビ番組をみていると、フランスでは、親が、ある年齢になった子供をワイナリーに連れて行き、ブドウの産地や品種、作り方などを説明し、幼少期からワインを学ばせるのだという内容だった。親も子供も笑顔でとても楽しそうにしていたのが印象的だった。日本の食は世界的に注目されているが知られていない。私は、かつお節やだしの文化を伝え、つないでいく、そんなことをしたいと思った。「かつお節ってこんなに素晴らしいんだ。」ということを伝えたい。

そんな熱を大事にしながら、何度も議論を重ねながら、仲間と新しいSIIDA®というブランドを立ち上げた。味の素(株)のブランドとして成功したいとは微塵にも思わない。かつお節や日本のだし文化の素晴らしさが一人でも多くの人に伝わり、それがかつお節づくりに関わる人の励みや力になる、そんなブランドになることを夢見ている。味の素(株)という会社は関係ない。様々なだしに関わる仲間と繋がり、よりよいものにしていくことにチャレンジしたい。先人たちが繋いできただし文化を守るだけではない。もっと魅力的なものにしていくんだ。未来にバトンをつないでいく。だしは人をよくする力がある。年齢も国籍も宗教も超えて、一人でも多くの人にだしのすばらしさを伝えていきたい。世の中をもっと面白くしよう。

「だしって、面白い」 そう思う人の輪が広がったら、 こんなに嬉しいことはありません。

⎯⎯ ブランドディレクター